シリウス。
太陽を除き、地球から見れる最も明るい恒星であり、ギリシャ語で「焼け焦がすもの」「光り輝くもの」を意味する。
シリウスAとシリウスBからなるため、双子星とも呼ばれている。


 

○●○芸能NEWS○●○
『芸能界の若手俳優夢の競演!?
あの!本田家11代目にして本格演技派本田菊と!
あの!稀代にして期待の新星フェリシアーノが!
競演か!?共演か!?
話題沸騰中のあのドラマ『シリウス』の主役の座を・・・・・


ばさり。
カウンターの中で新聞をめくる館長が、難しい呟いた。
「妙に『あの』が多いな」
「『あの』の意味が決定的に違いますけどね」
ルートヴィッヒは新聞から顔を上げた。
この新聞の写真に色をつけ、一人に黒縁眼鏡をかけると目の前の少年になる。
「大人一枚お願いします」
「もう一人追加ねー」
ひょこっと顔を出したもう一人の少年は、大きなサングラスをかけていた。
あまりにもおざなりな変装に、ルートヴィッヒは呆れ顔である。

郊外にある、小さなプラネタリウムだった。
館長の名はルートヴィッヒ。二人の幼馴染でもある。
天体マニアを唸らせるほどの設備だったが、ドイツ人気質のせいなのか客商売の方はからきしである。

「お前ら、有名人という自覚を持て」
本田菊とフェリシアーノの二人は、進路希望調査票に「芸能人」と書いて提出したつわものだ。
しかも二人ともそれを実現するものだがから、二人は生き伝説になっていた。
しかし、この二人は自分達がブラウン管の中の住人であるとの自覚が無いらしい。
「来るのはいいが、せめてもう少しまともな変装をしてこい」
人気の無い場所に誘導する間もなく、はじかれたように振り向いた女性客から黄色い悲鳴が上がった。
「フェリシアーノくん!?」
「Ciao!」
サービス精神旺盛なフェリシアーノがひらりと手を振ってウインクすると、ほとんど悲鳴に近い声が上がった。
枯野に火がついたような勢いで、あっという間にフェリシアーノの存在が知れてしまった。
それでも女性客が殺到せず遠巻きに見つめるだけなのは、ひとえにフェリシアーノのなせる業だろう。
メデューサはその醜さで見る者を石に変えたというが、フェリシアーノはその逆である。
「フェリシアーノくんはただでさえ目立つんですから、少しは控えてください・・・」
「菊、菊。人のこと言えてない」
フェリシアーノが指す先を見れば、真っ赤な顔で口元を押さえている少女がいた。
「か、歌舞伎俳優の本田菊さま・・・!?」
最後のほうの声は裏返っていた。
ますます真っ赤になってしまった少女に、菊は優雅に微笑んで一礼してみせる。
内側から陽光が差しているような微笑と洗練された物腰に、少女はもはや悲鳴すら出せずかたかたと震え始めた。
「・・・菊。フェリシアーノ。他のお客に迷惑になるから、とりあえずいつものトコ行くぞ」
ルートヴィッヒは二人をちょいちょいと手招きした。
向かう先は関係者以外立ち入り禁止の事務室だ。
モーゼを思わせる勢いで割れた人垣の中を通り抜け、二人は最後に一礼した。
「お邪魔して申し訳ありませんでした」
「楽しんでってね〜」
『はい!!!』
まるで鍛え抜かれた兵隊のように一糸乱れぬ動きで頷く女性客に、ルートヴィッヒは大して驚く様子も無い。
この二人が来ると昔からこうだったので。



「すいません。ご迷惑をおかけして」
「あぁら!いいのよぉ。菊さまとフェリくんをセットで拝めるんだもの〜。嬉しいったらありゃしない」
お茶を運んできてくれた事務のおばさんは、始終にっこにっこしっ放しだった。
菊はフェリシアーノの前で笑顔にならない女性を見たことがなかった。
「今日は二人でどうした?」
「今日はたまたま、菊の稽古が終わるのと、俺の仕事が終わるのが一緒だったんだよね」
「それで、二人でシリウスを見ようということになりまして」
「ああ。そういえば、今日のプログラムに入っていたな」
「シリウスがテーマの『シリウス』ってややこしいよねぇ。主人公の名前もシリウスだし」
「この上なくわかりやすいと思うが」
ルートヴィッヒは「ヴェ〜」と両手を挙げて降参のポーズをとるフェリシアーノに呆れ顔だ。

『シリウス』はとある人気の児童文学がドラマ化したものである。
もうすぐで自分が燃え尽きると知った星が、人間の男の子に姿を変え、入院している女の子の下へと訪れる。
死ぬまでの数日間を光り輝くように生きようとする星の子に、女の子が生きる勇気をもらう。

「まぁ一言で言えばそんなお話ですね」
「本当はすごく分厚い本なんだけど、結構あっさり説明できちゃうねぇ」
「えてして名作とは一言で説明できるものらしいからな」
それにしても、とルートヴィッヒが続けた。
「この作品、かなり長い前に映画化するとか言われてなかったか?」
「そうだったんですが・・・原作者の意思を尊重して、映像化せずにいたみたいです」
「他の配役は全部決まってたんだけど、『シリウス』の役だけが決まらなかったんだって」
聞けば、原作者が片っ端から駄目出ししたらしい。私の言いたいシリウスはそれではないと。
「それなのに、なんだってドラマ化が決まったんだ?」
「正確には、まだ決まったわけではないんです」
菊が苦笑した。

「そうそう。オーディションで俺らのどっちかが主役に選ばれれなきゃドラマ化しないんだよね〜」

とあるトーク番組で、菊とフェリシアーノが一緒になったことがあった。
その時、司会のリクエストに応じて、何の打ち合わせもなしに演じた二人の即興劇が原作者の目に留まったのだ。
原作者の「彼らなら『シリウス』を演れるかもしれない」との言葉に関係者は飛びついた。
元々映画化寸前までいき、シリウスの配役以外は決まっていたプロジェクトだ。
ドラマ化の話はとんとん拍子に進み、いい話題づくりになると所属事務所が『シリウス』のオーディションまで企画してしまった。
だが原作者の意向は変わらない。
私の言いたいシリウスを演じる方にシリウスを任せます。そうでなければ、このお話は無かったことに。

「・・・大変だな」
世間は二人の一騎打ちを望んでいて、どちらが選ばれるのかという話題ばかりだ。
二人とも選ばれないかもしれないという可能性は微塵たりとも存在しなかった。
「ある程度の緊張は必要ですから」
「俺人前で緊張したこと無いんだよね」
不思議そうにするフェリシアーノを見て、ルートヴィッヒの脳裏に天職の二文字が点滅した。
上演終了のベルが鳴ると、ルートヴィッヒは新聞を掴んで立ち上がった。
「もう今日は帰ったほうがいいだろう。さっきの客達が携帯でお前らのことを話してるみたいだし」
「うわっちゃあ。多分裏口もはられてますね・・・」
「正面からいくよりかはマシかな〜」
菊は黒縁眼鏡をかけなおすと、すっと息を吸った。
本格演技派、と辛口評論家を唸らせるその腕前は本物だ。
その場にいる菊の姿がすっと薄くなったような錯覚さえ覚える。
「ヴェ〜菊すごい〜。俺もそれできたらいいのに」
「多分フェリシアーノくんには無理だと思います」
嫌味でもなんでもなく、事実である。
フェリシアーノはとにかく人を惹きつけてやまない、華やかな魅力を持つ少年だった。
物乞いから最高位の遊女まで演じきる菊とは正反対に、フェリシアーノはどこまでいってもフェリシアーノなのだ。
それこそが彼の魅力でもあった。
「それではまた」
「じゃーねルート」
「今度は来る前に連絡しろよ」

 

<2>