+夕日に焦がれる+


夜空をも押し上げるような熱気。
そこから遠く離れた川原に、カリエド達は集まっていた。
澄んだその水に口をつける気にはなれない。時々死体が流れてきたりする。

「なぁカリエド。知ってるか?」
「知ってるでー」
即答したカリエドに、ギルベルトは白い目を向けた。
「じゃあ教えてやんね」
「すんません調子こきましたぁー」
カリエドがははー、と頭を下げてみせる。
とりあえず、ギルベルトは一発どついておいた。
頃合を見計らい、フランシスがぱんぱんと手を叩く。
「はいはい注目ー。本題入るぞ本題」

カリエド達は、若いながら街の中枢に食い込んでいる。
フランシスは女達から絶大な支持を集めており、女の下に集まる情報を掌握している。
ギルベルトは何故か男にモテる。自らギルベルトの下につきたがる男は多い。
けれど、その二人が一目置いているのがカリエドだった。

「城壁の中の連中だよ」
ギルベルトはくいっと顎でさしてみせた。
暗闇の中、薄く浮かび上がる白い城壁には落書き一つ無い。
閉ざされたそこからにじみ出る威圧感を、人は無意識に感じ取っているのだろう。
あそこに近寄ろうとする物好きはいなかった。
「物騒な噂が出回ってる」
「俺らに物騒言われるようやったら終わってるなぁ」
「終わってんだよ。城壁の中の連中は、とっくの昔にな」
クソが。呟くギルベルトをなだめるように、フランシスは言った。
「あくまでも噂だがな」
フランシスはタバコに火をつけた。
中指と薬指でタバコを挟んで火をつける、その姿が妙に様になる。
「街を一掃しようって話が、本格的に持ち上がってるらしい」

腐った街ならいらない。
そう下された結論によって築かれた城壁。
国を動かす中枢部はそっくり城壁の中に持って行かれた。
そうしてかつて国であったこの街は切り離され、秩序を失った結果がこの深夜の繁華街。

「動きを見るか?」
「相手が動いてから動いてたら遅ぇだろ」
前々から、この混沌とした街を一掃しようと言う動きはあった。
それでも、後一歩のところでその話はいつも待ったがかかる。
城壁の中の連中は、この街に利用価値を見出したのだ。
強さが全て、金が全て。
世界中から集まる珍味、極上の酒、妖艶に微笑む美女。
望めば王族さながらの暮らしが手に入る。
秩序が全て、法が全て、こことは正反対の城壁の中では手が届かないようなその魅力的な品々。
それらの存在が、この街を一掃しようとする城壁の中の連中の判断をせき止めていた。
「星めっちゃ出てきたなー」
「話聞けよテメー」
「綺麗やけど、俺は夕日の方が好きやなー」
「カリエドー。戻って来ーい」
フランシスが手をメガホンがわりに呼びかけるが、カリエドはほえほえと星空を眺めている。
ギルベルトが呆れたように頬杖をつき、フランシスは肩をすくめてみせた。
なんでこんなやつが、こんなやつだからだろ、とでも言わんばかりに。

カリエドが成し遂げたことは大きい。
城壁の中の連中に媚びへつらうような真似はせず、ただ街の利用価値をちらつかせた。
そうやって、城壁の中の連中がお忍びで深夜の繁華街に足を運ぶ度に世話をしてやった。
城壁の中の連中とつなぎを持ち、恩を売り、弱みを握る。そうして取引を持ちかけた。
時にはこちらが有利な契約を。
結果、城壁の中の連中は、この街を対等な契約者として扱わざるを得なくなった。
だからこそ、カリエドに一目置く者は多いが、反感を抱く者も多い。
カリエドの行為を蔑む輩の数は少なくないのだ。
前に一度、若い連中がギルベルトの前で「プライドすら売るとは本物の商人だ」とカリエドを嘲ったことがある。
そいつらがかろうじて生きていられたのは、意外に力の強いフランシスが頃合いを見計らってギルベルトを破壊締めにしたからだ。

「っつーか、なんで今更そんな話が持ち上がったんだ?」
ギルベルトは首をかしげた。
街の利用価値を見出した今、城壁の中の連中が唱える「街を一掃しよう」という文句は形ばかりの脅しに過ぎない。
忘れるな。お前達は生かされているに過ぎない。そう権力と力を誇示するための言葉ばかりの脅し。
くだらない。
「何かきっかけがあったんだろうさ」
城壁の中の連中の、お高いプライドをバッキリ折るような何かが。
「カリエド。心当たりあるか?」
「あいつらの考えてることはわからんわ」
カリエドは空を見上げたまま言った。
フランシスはしばらくその横顔を見つめていたが、「お前がそういうならそれでいい」とだけ言った。
カリエドはやっぱり星を眺めていた。



フランシスは女達の不安を取り除くことに専念。
ギルベルトは血気盛んな若者の手綱をひくことに努める。
カリエドは城壁の中の連中からの情報収集。
話し合いはそれで解散となった。
「なーにが悲しゅうて男を助手席に乗せにゃならんのよ」
「俺だってバイクが修理中じゃなきゃ乗らねーよ」
助手席にギルベルトをぶちこむと、フランシスは扉を閉めて強制的にギルベルトの盛大な文句を流した。
フランシスは車に乗り込む寸前、まだ星を眺めたままのカリエドに声をかけた。
「カリエド」
「なんやー?」
「菊、共通模試一位だってな。おめでとうって言っといてくれ」
「もう知ってんのかいな」
「ああ。みんなお祭り騒ぎだったからな」
フランシスは短くなったタバコを放ったじゃり、とタバコを踏みにじり、カリエドを見据えて言う。

「なにせ城壁の中の連中の鼻を明かせたんだ。皆嬉しくてたまらんだろうさ」

共通模試はその名の通り、城壁の中と外とで、共通に行われる試験だ。
ずらずらと美辞麗句の建前を並び立ててはいるが、その目的は明らかだった。
字を書くこともままならない者が多いこの街の住人と、城壁の中の学力の差を知らしめること。
それが城壁の中の連中の目的。
「城壁の中の連中はどんな反応をしただろうな」
閉ざされたそこを透かし見ることは出来ないが、想像は出来る。
きっとこことは正反対の騒ぎになっていたに違いない。
学力の差を知らしめるどころか、つきつけられた現実。
自分達よりも優れた人間が、よりにもよってあの街にいるというその事実。
それは城壁の中の連中にとって、あってはならないこと。

カリエドは星を眺めていた。
フランシス達の方を見ようとはしなかった。

「しばらくは菊の身辺に気をつけてやれ」

フランシスはそう言って踵を返した。
一人になった後も、カリエドはしばらくそのままでいた。











きっかけは何か













『一番にカリエドさんに報告したかったんです』












わかりきったそれから目を逸らすように、カリエドは星を眺めていた。

「早く夜明けへんかな」

星はきれいだが、カリエドは夕日の方がもっと好きだった。沈まなければもっといい。
そうすればもっとたくさん会えるのに。
また来ますから、夕日の中で笑ったその顔を思い出す。



夜気に混じる火薬の臭い、怒号、悲鳴。
この街の夜明けは遠い。