イギリスはしゃがみこんで頭を抱えた。
がんがんを通り越して、ぐわんぐわんと揺れている感じがする。
完璧な二日酔いだ。
頭が痛い。
けれどそれ以上に頭が痛い事態が、イギリスの目の前に広がっていた。
ベッドがあって
日本がいて
熟睡していて
なぜか
日本の両手が手錠で拘束されているこの不思議
○●○●○飲んで飲まれて○●○●○
ソファーの上で目を覚ましたイギリスは、その光景を見るなり凍りついた。
だんだんと傾いで、傾いで、とうとう頭から床に落ちる。
鈍い音がした。痛い。
ということは、まぎれもない現実なわけで。
イギリスの口から地を這うようなおどろおどろしい声が漏れた。
「・・・死にてえ」
いっそ殺せ。
薄い胸を規則正しく上下させる日本の手首には、やっぱり手錠がはまっていて。
俺か。
俺なのか。
っていうか俺しかいねえ。
日本はよほど深く眠っているのか、目を覚ます気配がない。
薄い胸は規則正しく上下し、無骨な手錠のせいで手首の細さがますます強調されている。
目の毒ともいえるその光景から必死で目を逸らしたイギリスは、目まぐるしく昨日のことを思い出していた。
昨日は確か、俺と日本とフランスで飲
「フランスゥゥゥゥゥッッッツ!」
思わず叫んだ。
犯人は火を見るより明らかであった。
返事のかわりに、イギリスの胸元からひらりと何かが舞い落ちた。
どうやら気づかない内に乗せられていたらしいカードを光速で捕まえると、イギリスは目を通した。
いよーう
フランス兄ちゃんからのプレゼントだ
ありがたく受け取りやがれ
据え膳食わぬは、 |
ぐしゃり。
最後まで読み終わる前にカードを握りつぶした。
イギリスの口から再度地を這うようなおどろおどろしい声が漏れる。
「・・・殺す」
バズビーズチェアかそれとも
イギリスが頭の中で完全犯罪を計画していると、ぎしっとベッドの鳴る音がした。
ぴしっと音を立てて固まったイギリスは、現状を思い返してあらためて血の気が引いた。
日本目覚める+手錠に気づく+俺しかいない=うああああああ!
どうにかしよう。うん。そうしよう。
幸い、手錠の鍵は机の上に無造作に投げ出されていた。
気分は爆弾処理班である。
イギリスはぜいぜいと荒い呼吸を整えると、なるたけ目を逸らしつつベッドに近づいていった。
ぎし。
ベッドを軋ませて片足を乗り上げる。
・・・起きない。
だいぶ深く眠っているらしい。
そういえば、とイギリスは思った。
酒に弱いわりに、昨日はイギリスが進めるままに楽しそうに杯を進めていた。
甘くて軽い飲み口は日本の舌に合ったらしい。
飲みやすさに反した度数の高さに心配したが、日本は大丈夫大丈夫と笑っていた。
思えばその時点でかなり酔っていたのだろう。
うっすらと桜色染まった頬だとか、潤んだ目だとか、舌足らずになった口調だとか。
それらを思い出す内に、イギリスは吸い寄せられるように日本の半開きの唇を見つめていた。
無意識だった。
日本の息を感じられるほどの距離まで近づいた辺りで、唐突に我に返った。
そのまましばらく凍りついたように動きを止めていたが、そっと顔を離す。大変難儀する作業だった。
音を立てないよう、そろそろと慎重にベッドを降りる。
そのままベッドを背に床に座り込むと、思い出したように激しく脈打ち始めた心臓を上から押さえた。
め・・・・・・・・・・めっ・・・・・めっっっちゃくちゃ可愛い・・・・・・・・・・
惚れた弱みといおうか。
イギリスはめろんめろんだった。
昨日のほろ酔いの日本も、幼い寝顔の日本も、心臓に悪くてしょうがない。
どっどっどっと鳴り続ける心臓に、自然と呼吸が荒くなる。
落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせる時点でだめだめだった。
今の日本はその・・・視覚的に大変よろしくない。
薄いシャツは日本の体の線がはっきり浮いているし、いつもはかっちりと閉められているボタンは上から3つほど外されていた。
寝ている内に乱れてしまったのだろう、腹の辺りははだけてしまっていて、腰の細さに改めて目を見張った。
なにより、その、手錠が。
なんというか、もう、大変下半身に優しくない光景だった。
直視できない。したら最後、そらせない。そらしたくない。
イギリスは口元を手で覆うと、顔面の熱が引くのを待った。
少し落ち着いたところで、熱をはらんだ息を吐いて体の熱を逃がす。
よし。大丈夫。がんばれ俺。
再度鍵を握り締めて、歯を食いしばった。
ご丁寧なことに、手錠はベッド柵を通してから日本の手首を拘束していた。
ベッドに乗り上げて、イギリスは軽く舌打ちした。
これでは、手錠を外すには正面からでなくては難しい。
ヘタに横から外そうと身を乗り上げて、そのまま日本の上に倒れこんだらえらいことになる。
イギリスはぐるぐると考えていたが、なによりこの状態のまま日本が目を覚ます方が危ない。
消去法で辿りついた結論に、イギリスは目をきつく閉じた。
悪い日本。ちょっとだけだから。いやそういう意味じゃなくてああもうとにかくすまん・・・!
心の中で謝り倒しつつ、イギリスはそろりと日本の上に乗り上げた。
ぎし、とベッドの鳴る音に心臓が冷える。
日本の顔の両脇に肘をつき、日本を拘束している手錠を外しにかかる。
傍から見れば、完全にイギリスが日本を押し倒しているようにしか見えない。
しかしイギリスの表情は真剣そのものである。
歯を食いしばって、努めて手錠だけに集中するようにする。
日本の吐息が喉にかかるのを感じて、イギリスは頭痛すら覚えた。
なんの拷問だこれは。
ようやく一つ外れた。思い切り息をつきたいが、まだ一つ残っている。
とりあえず、自由になった日本の片手をそっと体の横に添えてやる。
ずっと万歳の体勢のまま寝ていたのだ。さぞかししんどかっただろう。
「ぅ・・・」
ぎくりとイギリスは固まった。
軽く身じろぎした日本は小さく呟いて、そしてまたすぅすぅと寝息を立て始めた。
早鐘のように心臓が打ちつけている。
落ち着け落ち着け落ち着け落ち着けるかあああああもお可愛いなちくしょう!
心の中で絶叫して、イギリスはそっと日本から離れようとした。
一つ手錠を外したので、ベッド柵に固定されていたのは解消された。
これなら横からでも外せるだろうと、イギリスが日本の体の横に体をずらすと、日本がまたもや身じろぎする。
またもや固まってしまったイギリスは、更に固まる羽目になった。
薄いシャツ一枚で眠っていた日本は、無意識に温かさを求めてイギリスに擦り寄ってきたのだ。
ぐうう、と声を漏らしそうになったイギリスだった。
手錠のついたままの手を胸元に引き寄せようとするので、慌てて手錠が鳴らないように押さえる。
しかし動きに逆らうと起きてしまうので、そのまま日本の動きに合わせた。
日本は腕を枕にしようとしたらしい。
その動きにあわせた結果。
「・・・・・!」
自由に動ける状態だったなら、何か叫びながら悶絶していただろう。
しかしイギリスの腕の上には日本の頭が乗っていた。いわゆる腕枕である。
日本はイギリスの腕枕と胸元に安住の地を見出したらしく、すり、と擦り寄ってそのまま眠ってしまう。
「ぐぅっ・・・・・!」
耐え切れずに呻いたイギリスは、目をきつく閉じた。
イギリスはいつものスーツではなく、ラフなシャツとズボンだった。
しかも飲んでいる内に胸元をはだけてしまっていたらしく、直の肌に日本の頬を押し当てられた。
柔らかい、温かい感触を感じ、イギリスは内心で悶絶した。
うああ、や、やぁらけぇ・・・・・ッ
今日本を見たらやばい。絶対やばい。
更に目をキツくキツく閉じたが、そのせいでありありと日本の肌を感じてしまう。
ぐああああああ・・・!た、頼むから・・・・
離れてくれ、とは言えない。
それどころか逆の行動に走ろうとした己を叱咤して、イギリスは最後の手錠を外しにかかった。
幸い、日本の腕は頭向こうに投げ出されていた。
イギリスは自由なほうの腕をまわして、日本の頭を抱きこむように手錠を外す。
さすがに、こんな不自由な姿勢では、起きるのは時間の問題だろう。
なにより、イギリスの理性が時間の問題だった。
もはや1分1秒を争う事態である。
拷問か。
拷問だ。
日本が身じろぎするたびに、さらさらとした髪が胸元をくすぐった。
血涙を流しながら、イギリスは耐えに耐えていた。
柔らかくて、いい匂いで、温かくて、ああもうちくしょう!!!
ようやく外せた。
忌々しいそれをぎりぎりと血管が浮くほど握り締めると、イギリスはゆっくりと日本の両手を胸元に揃えてやる。
心なしか、日本の寝息が今までで一番楽になった気がする。
イギリスが心底ほっとして体を離そうとすると、日本は当然の行動をとった。
布団をかぶりなおすように、逃げようとする温かさを引き寄せたのだ。
するりとイギリスの首に両腕をまわし、その温かさに心底安堵したように息をついた。
「ん・・・ふぅ、ん」
鼻から抜けるような甘い息に、イギリスはどっくんと心臓よりも別のものが疼いた。
理性などとうに焼けきれた。
大切にしたい、という思いがある。
それ以上にもたげた本能が今は強い。
――――だめだ。
イギリスは手の中にある手錠をぎり、と血がにじむほど握り締めた。
そして跳ねるように体を起こした。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○
「・・・う?」
日本は唐突に消えた熱を求めて手をさまよわせたが、その手は空をかいただけだった。
ようやくぼんやりと目を開けると、見慣れない天井が目に入る。
・・・あー・・・・・そういえば・・・
だんだんと記憶が戻ってきた。
珍しい酒が手に入ったんだと、イギリスの家に招かれていたのだった。
途中でフランスも乱入して、何がなにやら。
真っ先に潰れた日本を、フランスが笑いながらベッドに運んでくれたこをは覚えている。
ベッドに横になった瞬間寝てしまったので、記憶はそこで途切れているが。
変な体制で寝ていたのだろうか、体の節々が変に痛む。
頭は痛いが、それほど酷くはない。
イギリスとフランスに比べると微々たる量しか飲んでいないが、日本にしては珍しいほど杯を空けた覚えがある。
だが、思ったより二日酔いは無かった。
あまり悪酔いしていないことからも、やはりいい酒だったのだろう。
今度改めてイギリスさんにお礼をせねばと日本が、顔を上げると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
思わず跳ね起きた。
勢いあまってベッドから転げ落ちそうになりながら、日本は慌てて叫んだ。
「イギリスさん!?どうなさったんですか!?」
イギリスは、ぜいぜいと息も荒くソファに座り込んでいた。
何故か両手は手錠で拘束されている。
「・・・危なかった・・・・・・・・・・」
重々しく呟くイギリスの言葉に首を傾げたが、続く「フランス殺す・・・」というおどろおどろしい呟きに日本は目を見開いた。
フランスの仕業なのだろうか。
日本は必死に昨日のことを思い出そうとしたが、どうしても思い出せない。
それよりもイギリスの手錠を解く方が先だと、日本は慌てて立ち上がった。
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