朝起きたら首輪がはめられていました。











「・・・うわお」











それ以外何が言えようか。



















「わん」


















目が覚めても、しばらくは見慣れない天井を眺めてぼんやりとしていた。
おそらく、兵舎の一室だろう。
菊が使っていた兵舎に作りこそ似ていたが、どこか敷居が高い雰囲気がある。
見たところ、高官の一人部屋、というよりも、仕事用の仮宿舎といった印象だ。
「けほっ・・・ぇほっ」
ひどく喉が渇いている。
ひとしきり咳き込んで喉に手をやると、違和感を感じた。
さすってみる。首に何か巻かれているようだ。
手触りからして、包帯ではないことが知れた。
「・・・?」
天鵞絨にも似た手触りで、なにか細やかな縫い取りが施されているようだ。
伸縮する素材のようだが、不思議と圧迫感はなく、意識しなければあること自体忘れてしまいそうだ。

じゃなくて。これって。

点滴を引き寄せて、支柱の金属を鏡代わりに覗き込んで。

思わず呟いた。

「・・・うわお」

どちらかというと、うめき声に近かったかもしれない。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「やあ」

菊が目を覚ますのを見計らっていたかのように、イヴァンが病室を訪れた。
背後に小柄な少年と、眼鏡をかけた少年を従えている。
どちら様ですか、と聞こうとしたが、派手にむせこんでしまった。
ひきつれたように痛む腹筋に、集中的に痛手を加えられたことを思い出した。
「はいはい」
イヴァンは心得たように菊の背に手を差し入れて上半身を起こすと、くるりと巻いた毛布を差し込んだ。
おかげで大分上半身が安定した。
口元にあてられたコップを傾ける仕草は意外にも器用で、菊は喉を鳴らして水を飲んだ。
は、と息をつく。
菊の濡れた口元を袖で拭ってやっているイヴァンを見て、二人の少年はこれ以上なく目を見開いていた。
いっそ青を通り越して白いその顔は、イヴァンに支えられる菊の眼には見えない。
イヴァンはそのまま菊のベッドに腰掛けると、にこやかに言った。
「おはよう。気分はどう?」
「おかげさまで」
受け取りようにとっては随分と皮肉なセリフだと菊は思ったが、イヴァンは楽しそうに笑っていた。
相変わらず何を考えているのか読めない。
「この子達がこれから菊の先輩になるから。はい。自己紹介」
イヴァンが手を叩いてそう言うと、眼鏡をかけた少年はびくっと、小柄な少年は可哀想なくらいガクガクブルブルとする。
「ライヴィス・ガランテです・・・」
「エドァルド・フォンヴォックです。あ、エドで大丈夫です」
菊にとって馴染みの無い発音であることを見て取ったのか、エドが慌ててつけたしてくれた。
ほっとした菊は、感謝の意を込めて微笑んだ。
「ありがとうございます。私は、」
「ポ」
「菊です本田です本田に菊で本田菊です。菊とおよびください」
イヴァンの言葉を遮って早口に言い切った菊に、ライヴィスとエドはぎょっと目を見開いた。
二人は恐る恐るイヴァンを見やったが、イヴァンは特に気にした様子もなくけろっと言ってのけた。

「で、この子が国家の犬から、僕の犬になった本田菊」

妙に生ぬるい沈黙が落ちた。
二人は菊とイヴァンを見、そして菊の首にはめられた首輪を見ると、微妙に視線を泳がせた。
その目元がうっすらと赤く染まっていたりする。

ちょっと待て。

「あの思いっきりあらぬ誤解を受けてるんですけど」
「どこら辺に?」
「ここら辺に!」
菊は首の、チョーカーのようなもの(意地でも言うか!)を指して主張した。
「どっちにするか迷ったんだけど、やっぱりそっちで正解だね」
「候補が!?」
「コレと迷ってたんだけど」
イヴァンはひょいと、白いチョーカーのようなものを取り出した。
白く滑らかな生地に、銀糸の縫い取りが施されており、中央には青い石がついている。
どうやら、菊の首につけられているものと対になっているらしい。
「うん。こっちで合ってた」
イヴァンは菊の首に触れた。
その手は大きかった。息の根を止めるに片手だけで事足りるだろうほど。
ひやりとした冷たさに本能的にうなじを逆立てた菊に、イヴァンは目を細めて笑った。

「きみにはやっぱり赤が似合うね」

ぎし、とベッドを軋ませて、イヴァンが菊の瞳を覗き込んだ。
間近に覗き込んでくる瞳の色は深く、ともすれば深淵にも似ている。
恐ろしさよりも、どこか落ち着かなくなる不安を呼び起こすような色だった。
それでも、逸らしもせず、瞬きもせず、いっそ不遜ともよべる眼差しでその瞳を見据えてみせる。半ば意地だった。
イヴァンは喉を鳴らして笑った。

「いいね。好きだな」

その目。

最後は囁くように言う。
何がお気に召したのか、イヴァンは大層機嫌がよろしかった。
日本は首を傾げた。
そして特に何も考えずに、あっさりと言う。

「私もです」

嘘ではなかった。
確かに、イヴァンは目だけなら純粋に綺麗だといえる。
それこそあの白いチョーカーに縫い付けられていた石よりも。

「・・・・・」

イヴァンは急に無言になったかと思うと、しげしげと日本を見つめた。
知る人が見れば、イヴァンが珍しく驚いているということがわかっただろう。
だが、ライヴィスとエドは、イヴァンが菊のベッドに乗り上げた時点で光速で目をそらしていた。
今も真っ赤な顔で必死に明後日の方向を見つめている。
そこでようやく、菊は真っ赤になって耳がぴくぴくしている二人に気づき、慌てて言い募ろうとした。
「あの!」
予想以上の大声にびっくりしたのは、他の誰でもない菊だった。
自分の声がわんわんと耳の中に反響し、平衡感覚が一瞬で消えた。
思わずぐらりと傾ぎ、支えに着いた手はかくりと折れた。
「な・・・・・」
「無理だってば」
あっさり菊を抱きとめたイヴァンは、これまたあっさりと言う。
「きみ、3日間くらい目が覚めなかったんだもの。いきなり叫んだらそうなるよ」
「3日!?」
叫んで、また自分の声にくらくらとしてしまう。
自分で思っているよりも大分弱っているようだ。
イヴァンはふらふらになった菊をベッドに戻してやり、ぽんぽんと叩いてから言った。
「ここは僕にあてがわれた宿舎だし、ゆっくり休んでていいよ」
聞けば、やはりここはイヴァンにあてがわれた仮宿舎で、イヴァンの本邸はここよりも離れた場所にあるらしい。
菊の体力が回復次第そこへ移る旨を伝えると、イヴァンは二人を連れて部屋を出ようとした。

「あ。そうそう。忘れるとこだった」

急にぴたりと立ち止まり、いぶかしげな顔をする菊に、さっきの白いチョーカーを取り出して見せた。
「・・・?それが何か」
見れば、エドとライヴィスもきょとんとしている。
イヴァンは白いチョーカーをぽいっと部屋の真ん中に放ってしまった。綺麗なのに。もったいない。
「どうするんですか?」
「うん。見たほうが早いかなって思って」
「?」
イヴァンはそれこそハンカチでも取り出すような気安さで、黒々とした銃を取り出した。
あまりにも一連の動作が自然だったため、菊達は展開についていけずにぽかんとしている。
イヴァンは照準を白いチョーカーにあわせた。

打った。


ぱん



ぼばっ




「え」



銃声は一発だった。
二発目の音は、爆竹を思わせる小さな破裂音だった。
チョーカーが爆発した際の。

「無理に外そうとしたら、こうなっちゃうから気をつけてね」

爆竹は遠くで鳴らしたらうるさいだけだが、握って爆発させると手が吹き飛ぶほどの威力だという。
ましてや首に巻いた状態で爆発させては。



「おやすみ」



ぱたん。扉が閉まった。

































「・・・・・・・・やすめるか」




ようやくそれだけを呟いた頃には既に辺りは暗くなっていた。
自分で思っていたより混乱していたらしい。