【うつむいたら零れる】
「見事に焦げてますね・・・」
「俺ん家の芸術品、大抵がこんな風に燃やされたり壊されたりしたんだよなー」
あーあ。フランスは空を仰いで嘆息した。
「日本はいい国だな。
他の国よりたくさん遺産が残ってるだろ?
あれって、他の国みたいに王朝が斃れても、日本は新しく王朝を建てたりしなかったからなんだってさ。
略奪も殺戮もしなかったのは、やっぱり神聖で、侵せない最後の領域だったから。
象徴にしてお飾りにしても、それでも、最後の最後までは踏み込めなかった」
ぐしゃり。
焦げた絵を握りつぶし、フランスは呟いた。
ともすれば聞き逃してしまいそうなか細い声で。
本当に。なにも。
「燃やさなくてもいいのにな」
喪服を纏ったフランスの呟きは、白い紙に落ちた一滴のインクのようで。
ああ。本当に。
「燃やさなくてもいいでしょうにね」
日本もまた空を仰ぎ、呟いた。
彼の少女は彼のために生き、あのうつけは己がために生きて そして
ああ。だからか。
唐突に理解する
喪服を纏うあなたが私の元を訪れるその理由
私達は知っている愛しい人を炎に焼かれるあの身を焦がすような暗い激情を
二人は疲れてしまった首をしかし下げず、今ではないいつか、互いではない誰かをおもいつづけていた。
◇◆◇◆◇
【傾けたら零れる】
「涙目で上目遣いってけっこうクるもんがあるな。あー抱きてぇ」
「あなたがうつけさんですか?」
「おう。そういう姉ちゃんはイカす髪型してるな」
「ふふ。こんな短い髪は、うつけさんのところだと珍しいでしょうけど」
「めったにお目にかかれねぇ美人なことは確かだな」
「嬉しいです。そんなこと言ってくれるの、お二人だけですよ」
「そいつぁ会うのが楽しみだ。その内ここに来るだろうしよ」
「あの人は、私が行かないところへ行くと思います」
「生きてりゃみんな行き着く先は一緒だろ。ま なるたけゆっくり来て欲しいがな」
「ええ本当に。ふふ。実はおじいちゃんって呼ぼうと計画してるんです」
「いいねぇ。しわくちゃになった顔指差して笑ってやろうぜ」
「ボケちゃってたら、私達から見つけてあげなくちゃいけませんね。楽しみです」
「地獄の底を這い回る亡者になってても見つける自信はあるがね」
「ご馳走様です」
「まだそれを言うには早いぜ。これを見な!」
「まあ。見慣れないお酒ですね」
「日本酒ってんだ。姉ちゃん酒はイケるクチかい?」
「こう見えても負けたことないんですよ」
「そりゃ楽しみだ。酌ってのを教えてやっから覚えてみ」
「シャクですか?」
「そいつが来た時にやってやったら泣いて喜ぶぜ」
「本当ですか?」
「おう。俺もあいつに初めて酌してもらった時は、無視されっぱなしだった黒猫に擦り寄りよられた様な感動があったかんな」
「じゃあ頑張って覚えます!」
「おう。じゃああの間抜け面肴に飲むか」
「いいですね。顔が見えるのは嬉しいんですけど、そろそろ首が痛くなっちゃいまーすーよー」
「あーむだむだ。ありゃしばらくあのままだわ。っと、んなに傾けたら・・・」
「あ」
「ほれ見ろ」