おどろおどろしい鬼が島を見上げ、日本は感慨深く呟きました。
「・・・着いた・・・・・・・・」
なんかもうホント道中色々あったので、感動もひとしおです。
今も背中に犬がはりついていたり、それを引き剥がそうと猿がぎりぎりと力を込めています。
その傍で雉が意味もなく左右にふごふご揺れています。止める気ゼロです。
「離れやがれってんだぃ犬ッコロが」
「やだ。猿離れろ。変な顔」
『日本お腹減った』
「はいはいはいはい行きますよ!」
日本がぱんぱんと手を叩いてカオスな会話を一刀両断します。
旅の過程でだいぶ強くなった日本でした。
「たのもー!」
鬼が島に向かって声を張り上げます。

『はーい』

「軽っ!」
どんな術を使っているのでしょうか、鬼が島中にのんきな声が響き渡ります。
拍子抜けもいいとこです。
ぶっちゃけ叫んだ瞬間鬼がわらわら沸いてくる、なんて状況も想定していたので。
握り締めた日本刀を取り落としそうになりました。

『お客さん?珍しいなぁ。最近めっきり少なくなってたのに』

声はのほほんとしています。
日本は訝しげに眉を寄せました。
このおどろおどろしい鬼が島からは想像もできない声音です。

『入っておいでよ』

ごごごごごっ、と重たげな音を立てて大仰な扉が開きます。
反射的に刀を構えた日本の周りを、犬猿雉が囲みました。
犬と猿は日本の左右を守るように、雉は背中を守るように。
一糸乱れぬ動きです。それぞれの手には既に武器が構えられています。
臨戦態勢ばっちりの1人と3匹の前に現れたのは。

がたがたぶるぶる

『・・・・・・・・・・』
全員エジプト化現象です。
さもありなん。
彼らの目の前にいるのは、チワワを思わせる小柄な少年でした。
今にも零れ落ちそうなくらい目がうるうるです。
猫っ毛の間から見え隠れする申し訳程度の角と、虎柄ぱんつだけが鬼っぽい要素です。
しかも虎柄のかぼちゃぱんつ。益々鬼っぽくありません。

『その子、門番だから。倒せば僕のトコまでの道を教えてくれるよ』

そうそう。
のんびりとした声が続きます。

『ラトビア。門番なんだから・・・わかるよね?』

鬼です。
まごうことなき鬼です。

「ろろロシアさん・・・!」

ラトビア、が子鬼の名前なのでしょう。
呼ばれたその瞬間、目に見えてびっくーんと震えが強くなりました。
ここまでくるとほとんど痙攣です。

『じゃ、そーゆーわけで』
その言葉を最後に、辺りはしんと静まり返りました。

「・・・倒せ、と」
「この、小っこいのをですかぃ?」
『囲んでタコ殴り?』
犬猿雉の視線を受けて、かわいそうな子鬼は益々振るえが強くなります。
それでも後ずさることだけはこらえます。
1人と3匹は恐いが、大鬼のおしおきはもっと恐いのです。
ですが、後ずさることで精一杯で、それ以上は一歩も動けません。
がたぶるだけが益々酷くなっていきます。
ある意味最強の門番です。
「・・・これでは、私達が鬼ですね」
日本がずきずきと痛む頭を押さえて呟きました。
その頭をよしよしと犬が撫でれば、猿がぽんぽんと背中を叩いて慰めます。
雉が小首をかしげながらプラカードを掲げました。
『ネバギバ?』
「・・・ええ。もちろん」
日本はきっと視線を上げました。
その視線にびくっと震える子鬼を門番にするような、悪い鬼は捨て置けません!



○●○●○●○●○●○●○●○●○●○


「あれ。早かったね」
のんびりと豪華な敷物に腰を下ろしていた、恐らくボスっぽい鬼がいいました。
左右に従えた子鬼は虎ぱんつなのに、彼だけ普通の着物を着て、何故か長い布を首に巻いています。
しかし角は一番凶悪で、左右に従えた眼鏡と長身の鬼とは比べ物になりません。
山羊のような禍々しいそれは力の象徴でしょう。
日本はその男の前に、そっと丁寧に大きな布でくるんだ何かをおろしました。
「うん?」
大鬼が見れば、布にくるまれたそれはラトビアでした。
漫画のようにぐるぐると目を回して、きゅうと気絶しています。
「この子は門番としての役目を果たし、口を割らなかったので、実力行使に踏み切りました!」
ぜぃはぁと荒い息をつきながら日本が答えます。
「・・・俺が気絶させた」
「ぐるぐる巻きにしたのは俺ですぜ」
『仕上げは俺』
輪唱のようによどみなく言います。
言外に『私(俺)達のせいなんだからだからおしおきは無しで!』と伝えます。
実際、1人と3匹がじりっと近寄っただけで、子鬼はあっけなく気絶してしまいました。
道案内を頼みようが無いので、ここは犬の出番です。
ラトビアの匂いをたどり、見事ボスのところまでたどり着きました。お見事です。
大鬼に指を突きつけながら、日本はもう片方の手で犬の頭を撫でています。
犬のの尻尾が嬉しそうにぱたぱたしています。
「へえ」
大鬼は楽しそうにすうっと目を細めます。
そんな大鬼に日本は高らかに宣言しました。
「あなたの悪事もここまでです!ロロロシア!」


空気が音を立てて凍りつきました。


恐ろしいほどの沈黙の中、首をかしげた日本と犬猿雉が円陣を組んでひそひそ相談し始めました。

「やっぱり、しかくしかくしかくシアだったんじゃあ・・・?」
「ラトビアさんはロロロシアと叫んでいましたよ」
「クロスワードパズルみてぇな名前しやがって」
『マレーシア?』

雉はプラカードにかかげたロロロシアの中に文字を当てはめました。
ぴったりなそれに、みんなぽんと手を打ち付けます。
「それだ」
「どのそれなのか知らないけど、不正解だよ」
大鬼が呟くと同時、雉のプラカードがばきゃっと音を立てて吹き飛ばされました。
見れば、背後に鉄の金棒が突き刺さっています。
凄まじい力です。
残ったプラカードには燦然と輝く『ロシア』の文字。
雉が四角の中に書いたアの文字が残っているので、一見アシアとも読めましたが。
場に漂う剣呑な雰囲気は、とてもじゃないがそんな発言できそうにありません。
1人と3匹は今一度緊張感を漂わせながら、油断なくそれぞれの武器を構えます。



「私が勝ったら二度と悪事はしないと誓っていただきます」
「じゃあ僕が勝ったら?」
「お好きなように」
気色ばむ犬猿雉を手で制し、日本はうっすらと笑みさえ浮かべて堂々と言ってのけます。
「私が負けた暁にはこの腹かっ開いてみせますよ」
日本の眼は白刃の閃きにも似た鋭い光を宿しています。
その力強い眼差しに怯むどころか、大鬼は好奇心やらなにやら色んなものをそそられた様子です。
「ふうん」
しげしげと日本の頭の先からつま先までを眺め回し、にっこりと笑ってみせました。
嫌な予感です。
「そんなものはいらないよ」
「なっ・・・!」
「そのかわり」
大鬼はどこまでも楽しそうに言い切りました。



「僕が勝ったら腹のかわりに足を開いてもらおうかな」



またもや空気が音を立てて凍りつきました。



そしてばりーんと音を立てて空気をぶち破ったのは、青筋おったてた犬猿雉です。

「ダメ、絶対!」
どこぞのキャッチコピーのように犬が叫べば、
「そいつぁ聞き捨てならねぇなぁ」
猿がゆらりと殺気を放ちながらシミターを構えます。
『かえれ。土に』
雉はプラカードに毒々しい赤色で殴り書きました。

そんな3匹にはおかまいなしです。ロシアにそんなサービスはありません。
大鬼はいつの間にか日本の鼻先までやってきて顔を覗き込んでいます。
「そういえば、名前聞いてなかったね」
「に、日本です」
「日本かぁ」
混乱していた日本は思わず馬鹿正直に答えてしまいました。
そのすきに、大鬼が日本の腰に手を回して奥の寝室に連れて行こうとします。
油断もすきもありゃしません。
「・・・消えろ」
犬が殺気を放ちながら立ちはだかれば、
「日本さんから手ぇ離しな」
猿がドスのきいた声でシミターを大鬼の喉元につきつけます。
大鬼は面倒くさそうに言いました。
「きみ達黙っててくれる?」
『ずっと黙ってますが何か』
雉が大鬼にプラカードをぐいぐいと押し付けながら抗議します。
そのすきに、犬と猿が日本を大鬼からもぎとりました。
見事な連係プレーです。
大鬼と3匹の間でばぢばぢと火花が散りました。
日本は慌てて叫びます。

「みんな落ち着いてください!」

逆効果でした。
日本の声は、ちょうど西部劇でいう、決闘のシーンで落ちるコインのような役割を果たしました。

「おいで。みんなまとめて躾けてあげる」
大鬼がちょいちょいと手招きすれば。

「・・・死ね」
犬が全身から殺気を放ちながら武器を振りかぶりました。

「上等じゃねぇか」
猿は珍しく本気になったのか二刀流で踊りかかります。

『ファイッ』
雉は日本の隣でプラカードをかかげて応援体勢です。
なんの特殊効果が働いたのか、犬と猿のATがアップ。

しばらく洞窟内に凄絶なまでの効果音が響き渡り続けていました。



「・・・どうしてこんなことに・・・・・」
日本は途方に暮れたように呟きました。
夕日が眼に染みます。
というのも、洞窟は跡形もなく全壊していました。
大鬼と犬と猿のガチンコ勝負に耐え切れる建物があるならお目にかかりたいものです。
子鬼達を避難させるだけで精一杯だった日本は、雉が抱きかかえてばっさばっさと飛んで脱出しました。

「・・・よく体力が持ちますね・・・・・」
『感心』
「してる場合じゃないような」

子鬼達は遠くに避難させましたが、まさか日本までそうするわけにはいきません。
かといって、近くに寄れば命が危ういです。
日本は雉に頼んで抱いて飛んでもらい、飽きもせず戦い続ける三人を上空から見守っていました。
「・・・あとどれぐらい続きますかね」
『放っといて帰る?』
「そういうわけにも・・・」

日本はがっくりと肩を落としました。
そんな日本を雉は危なげもなく抱きかかえます。
ばっさばっさと雉が羽ばたく音と、どかごきぼすがぎっと鈍い音が響き渡ります。
しばらくやみそうにありませんでした。



○●○●○●○●○●○●○●○●○●○



「日本ーッ!お帰りぃーッ!」
「心配したぞコノヤローッ!」
「うぐっ」
日本は帰るなりおじいさんとおばあさんにサンドイッチにされました。
ただいまの声が喉でつぶれて、ただの呻き声と化します。

ハイテンションに日本をかいぐりするおじいさんとおばあさんに、日本はなんとも言いづらそうに口を開きます。

「あのですね。お土産なんですが・・・・・」

日本の言葉が不自然に止まります。
扉の外から、またもやどかばきごすぽかっと賑やかな音が聞こえてきたので。
慌ててすぱーんと戸を開け放つと、日本は大きな声で叫びました。

「口論以上のことは禁止と言ったでしょうが!」

ぴたりと騒音がやみます。
そこには金銀財宝と一緒に、犬猿雉と大鬼小鬼が勢ぞろいという、なんとも豪華キャストが。

日本はひきつった笑顔でぎこちなく振り向くと、おじいさんとおばあさんに言いました。

「・・・お土産です」



おじいさんとおばあさんは驚くでもなく怒るでもなく、しみじみと言いました。



「せやから言うたやん」
「だから言ったじゃねーか」

そして日本は、旅立つ日におじいさんとおばあさんに言われた言葉を思い出し、がっくりと落ち込みました。





世間では、日本は見事鬼を討ち取り、金銀財宝を持って帰ったという噂でもちきりになりました。
そして鬼が島の大鬼小鬼と犬猿雉が競って我が物にしようとしているのはどんな美女なのだろうと。
来る日も来る日も日本のもとに人が訪れ、そのたびに大鬼と犬猿雉に追い払われるという。
なんとも騒々しい日々が待ち受けていました。



めでたくもありめでたくもなし