おじいさん、もといロマーノは家でトマトをもしもし食べていました。
おばあさん、もといスペインは川で洗濯です。
スペインは川上から流れてきた桃をソッコーで持ち帰り、意気揚々と家の扉を開け放ちました。

「ロマーノ!川で洗濯してたら桃が流れてきたでー!」
「でかしたぞコノヤロー!」

二人は貧乏だったので疑問に思うことすらしません。
大きくて食べ応えのある桃しか目に入っていないのです。
食ったらどうなる、ではなく、久しぶりに腹いっぱい食える!としか考えていません。
あなたが見てるのは明日じゃなくて明後日なのよの典型的な例でした。
早速スペインがよっこいしょと斧を持ち出しました。

「うりゃっ」

ぱっかーんと行くはずのそれは、ぱしっと小気味のいい音を立てて止まりました。
見れば、中で可愛らしい男の子が必死になって真剣白刃取りを決めているではありませんか。
なかなかに見込みのある赤ん坊です。

「うおっ!なんだこれ」
「うっわー。かわええなぁ」

ロマーノは桃の中から出てきた赤ん坊にのけぞてビビります。当然の反応です。
スペインは笑って赤ん坊を抱き上げました。大物なのかウマシカなのか迷うところです。
やがてスペインに促され、ロマーノがおっかなびっくり赤ん坊を抱き上げます。
「おお・・・小っちぇー。柔らけー」
最初はびびりまくっていたロマーノも、赤ん坊の指の小ささに感動しています。
「こんなに小っちぇーのに爪があるんだなぁ」
ちょいちょいと指をいじっていると、赤ん坊がロマーノの指をきゅっと握ったからもう大変です。
「かっ・・・!」
言葉が続きません。クリティカルヒットです。
俺にも抱かせてやー!お前はもう抱いただろー!と争奪戦が勃発する始末。
「ロマーノが小っちゃい頃思い出すわぁー」
「俺はもっとデカかかったぞコノヤロー」
スペインは今度こそ斧ですぱすぱっと桃を切り分けました。
仲良く三等分します。
「赤ん坊って桃食えるんかなぁ?」
「しぼってジュースにすっか」
「その前に名前決めなアカンなぁ」
二人はナチュラルにこの子を育てることに決めました。
赤ん坊はその見事な真剣白刃取りから、絵に描いたような日本男児になるように「日本」と名づけられました。



「日本日本。トマト食うかー?」
「日本。一緒にシェスタすんぞ」
二人の愛情を受けて、日本はすくすくと育ちます。
やがて、貧乏ながら愛情を注いでくれた二人に恩返しすべく、日本は鬼が島の鬼を退治しに行く決意をしました。

『ええええええ〜』

大ブーイングです。
二人はぽこぽこ怒りながら、鬼が島がどんなに危険か熱弁します。
スペインおじいさんは両手両足をばたつかせて完全に駄々っ子です。
プライドなどコンクリ詰めにして東京湾の彼方に沈めてしまったようです。
「危ないってアカンって寂しいって!」
本音だだ漏れです。
明らかに最後に一番力が入っていました。
スペインおじいさんは両手両足をばたばたしながら全身で抗議します。
こうなってしまうと手に負えません。お手上げです。
日本が困り果ててロマーノおばあさんに助けを求めると。

「ケガしたらどうすんだコノヤロー!」

二人は親馬鹿でした。
どうにかこうにか説き伏せて、説き伏せて、説き伏せまくります。
けど二人は聞きゃしません。

「や」
スペインおじいさんはぷいっと顔をそむけます。
何歳ですかアンタなんてツッコミはどこ吹く風です。
プライド?あの部屋の隅でほこり被ってるやつ?みたいなことになってます。
「ふんだ」
ロマーノおばあさんはぽこぽこと顔をトマトのようにさせて拗ねています。
二人して完全に駄々っ子です。手に負えやしねえ。
かといって、黙って出て行こうとしたところ、二人に見つかった挙句それ以来川の字で寝ています。
こうなったら、と日本は戦法を変えました。

「ちょっと鬼が島まで旅行に行ってきます。お土産買ってきますね」

やっぱり散々反対されましたが、まー旅行ならいっかーと二人は許可を出しました。
思わず日本の頭に朝三暮四という言葉がよぎります。
しかし、ここからが大変でした。
旅行といったのに、二人が日本に持たせようとしたのは無人島に行くのかというくらいの大荷物。
東京で一人暮らしをしている息子に送る荷物並みでした。ハンパねえ。
「気持ちだけで充分です」
八橋にくるんと包んで、日本はきび団子だけを腰に下げました。
どっから出した、とツッコミたくなるような武者鎧も謹んで辞退します。
旅行に行くと言っただけでこの重装備。親馬鹿というより馬鹿親な気がしてきました。
しかし、スペインは「これだけは持って行き」と見事な日本刀を差し出しました。
「これが日本を守ってくれるように」
「おじいさん・・・」
日本がじぃんと感動していると、スペインおじいさんは真顔で言い放ちました。
「痴漢が出たらこれで殺り」
「おじいさん・・・」
日本はさっきと百八十度逆の意味合いの呟きをもらしました。
なんの心配をしているのかとツッコもうとした日本に、おばあさんが強く言い放ちます。
「いいか日本!出会う人間は全て痴漢だと思えコノヤロー!
「おばあさん・・・」
国民皆兵だ!のノリで宣言したわりには、あんまりな内容でした。
思わず涙がちょちょ切れそうな二人の言葉に見送られ、日本は刀ときび団子を腰から下げて旅立ちました。


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日本はお腰に下げたきび団子で犬、猿、雉を仲間にしました。
ところがこの犬と猿は、文字通り犬猿の仲です。

「・・・猿、日本に近づくな」
「てめぇこそ離れやがれってんだぃ犬ッコロが」
「あの、二人とも落ち着いてくださいっ」

日本の背中にはりついているのは、一番最初に仲間になってくれた犬のギリシャです。
耳と尻尾がトレードマークです。
彫刻のような体つきに彫りの深い顔立ちといい、女ならばたちまち目の色を変えるでしょう。
ところが犬が目の色を変えたのは、日本のお腰につけたきび団子と、なにより日本本人でした。
以来、日本の背中にべったりです。筋肉がぬくいです。

なぜか江戸っ子口調なのは、仮面をつけた猿のトルコです。
長い尻尾は遠くのものを取るときに便利です。
がっしりとした体つきに、見上げるほどの長身。
軽妙洒脱とでも言えばいいのでしょうか。堂に入ったいい男っぷりです。
自ら鬼退治を志願してくれた男気溢れる人です(きび団子はあげました)

『放っとくといいかと』
「そういうわけにも・・・」

無口無表情、会話の手段はプラカード、な彼は雉のエジプトです。
背中の翼は飛べるだけでなく寒いときにくるんで暖めてくれます。
見事な褐色の肌は油を刷いた皮のようで、異国の瞳は静かに凪いでいます。
どこかミステリアスな彼は、何を考えているのかわかりません。
ただ確かなのは、日本のことが気に入っている様子。
犬と猿がケンカしている時は、決まって雉が日本に頬ずりしたり抱きしめたりとかまい倒しています。

こんな調子で、鬼は退治できるのでしょうか。
時折ふっと不安に思いますが、なにせこの3人は強いなんてもんじゃありません。
犬のギリシャが十字を模した鈍器でなぎ払うと、真剣が空を切るような鋭い音がします。
彼が手を振るたびに敵が宙を舞う始末。
猿のトルコは見事なシミター使いで、その力強くも舞うような動きは思わず目が奪われます。
わざとそういう動きをして敵の動きを誘っているのだと、イタズラっぽく笑って教えてくれました。
雉のエジプトは、なんというか容赦がありません。
普段会話に使っているプラカードで、ひたすら敵をタコ殴りです。角あたりの威力は抜群です。
彼のプラカードがところどころ黒く染まっているのは見てみぬふりです。
「・・・とりあえず、お茶にしましょうか」
『手伝う』
「ありがとうございます、エジプトさん」
どかーんばきばきどごっごすっ
実に暴力的な音を立てて二人はひっきりなしにバトっています。
もしも屋内だったら家が壊される勢いです。近寄れません。
こういう時はひと段落するまで待つのが一番です。




「よく体力が続きますねぇ・・・」
『きび団子マイウ〜』
「どこで覚えたんですかそれ」
無表情のままプラカードをかかげるエジプトに日本がツッコみます。
おじいさんとおばあさんからもらったきび団子は底をついたので、今は日本お手製のきび団子です。
みんなに大好評でほっとしています。
以前、 トルコは美味しいけど甘さが足りないといって、蜜をかけて食べていました。
意外に甘党です。
「お茶おかわり飲まれますか?」
『ありがと』
近くの木の根元に腰掛けて、二人はほのぼのとお茶にしています。
目の前ではほのぼのとはかけ離れた光景が展開されているわけですが。

鬼が島までの道のりは遠いです。