控え室の椅子をぎっこんぎっこんやりながら、フェリシアーノは携帯の画面を見つめていた。
何度も何度も読み直しては、手持ち無沙汰な様子で椅子を揺らす。
随分と久しぶりに届いた兄のメールは、実にシンプルなものだった。

『カリエドとバンド組んだ。あと、フランシスとギルベルトも。俺ボーカル』

シンプルすぎる。正真正銘書かれていたのはそれだけだった。
帰る、とは言わない。
帰らない、とも言わない。
だからいつまでも勝手に期待して、勝手に落ち込んでしまう。
仲が悪いわけではない(むしろ良い方だった)
今カリエドの家に転がり込んでいるロヴィーノは、ケンカして飛び出していったとかそういうわけではない。
あくまでロヴィーノの意思でカリエドの家に転がり込んでいる。
だからこそ寂しいのだ。
ぽっかりと何かが抜け落ちたような、いきなり手を離された子どもが感じる心細さのような気持ちを、フェリシアーノは持て余していた。
ぱっちん。
音を立てて閉じた携帯をポケットにねじこむ。
メールには書かれていなかったが、兄の言いたいことはわかる。
わかる、けども。
「やだなー・・・」
ふらーっと後ろに傾いで、そのまま壁にごっつんと頭を預ける。ちょい痛かった。
絶妙なバランスを保ちつつ、フェリシアーノはぽつっと呟いた。
「菊ー・・・」
なんか無性に会いたくなった。
フェリシアーノはうーうー唸る。もうちょっとで本番なのだ。
このまま飛び出して会いに行くわけにはいかない。

菊が好きだ。
一緒にいると、深い水底から顔を出したような心地になる。

フェリシアーノは、たびたび菊を拉致って自分のマンションに持って帰る。
半ば無理やりやっておきながら、実は嫌われてないだろうかとフェリシアーノは不安に思って聞いてみたことがある。
あなたを嫌いになることはありえないと言って笑った菊に、フェリシアーノは尻尾を振って抱きついた。
その時菊は言った。
お礼を言わなければならないのは自分の方だと。
「フェリシアーノくんは、家に呼んでくれるけど、うちに来たいと言ったことはないでしょう?」
あなたのそんなところに私は救われているんですと、菊は微笑んだ。
フェリシアーノは菊の家の事情を聞いたことはないし、華々しく週刊誌にとりあげられている菊の父の記事を読んだこともない。
それはフェリシアーノが菊に気を遣ったわけではない。
ただ、フェリシアーノは菊が好きなだけだった。
本田家11代目ではなく、フェリシアーノのわがままに「しょうがないですね」と眉を下げて優しく笑う菊がどうしようもなく好きなだけだ。
あなたに救われている、菊が言ったその言葉にフェリシアーノはどうしようもなく救われていた。

とりあえず仕事終わったらまた拉致りに行こう。
フェリシアーノはそう決意を固めると、スタッフの呼び声に「Si」と答えて立ち上がった。



番組の形式はトークショーだが、生放送であること、ゲストの他にシークレットゲストがいることなどから、話題を集めている番組だ。
フェリシアーノはゲストとして登場することになっている。
シークレットゲストは誰だろうと首を捻りつつ、司会者の「今夜のゲストは・・・」の声と効果音にあわせて会場に一歩踏み出した。
フェリシアーノが「
Buon giorno!」手を上げつつ現れると、観客席から凄まじいまでの悲鳴が上がる。
軽く会場が揺れたほどだ。
「これはまた大物がきましたね。女の子の視線が痛いです」
「今日のゲストフェリシアーノなん?マジラッキーだしー」
「知らなかったの!?」
司会者のトーリスとフェリクスに、会場からどっと笑いが起こった。
フェリクスはそのキャラクターのなせる業か、
どんなに際どい質問を切り込んでも嫌味ではない。
不思議と「まあフェリクスだしな」と笑って済ませられる雰囲気があるのだ。
いつも彼のフォローにまわるトーリスは、人柄のなせる技だろう。
彼と喋っているとつい口が軽くなってしまう、何故だかもっと喋りたくなってしまう、と賞賛を集めている。
そんなこんなで、二人はトークショーやバラエティなどでよく司会を務めていた。

「っていうかもうシークレットゲストいらんくない?シークレットのままでよくない?」
「よくないから。ちゃんとオープンにするから」
二人は場の空気を操るのが上手い。
気まずい空気が流れればトーリスが絶妙なフォローをいれ、いまいち盛り上がらなければフェリクスが奇天烈な発言で盛り上げる。
そんなこんなで、場の空気をものにして自然と相手に喋らせてしまう二人の技巧はこの番組の名物だ。

「暇なときって何をして過ごしてますか?」
「料理したり歌ったりしてるよ。昨日も雨上がりの夜気が気持ちよくて、思わず窓開けて歌っちゃった」
怒られるかと思ったけど、逆に拍手貰っちゃったと言うフェリシアーノに、トーリスは感心したように頷いた。
「さすがですね。歌ってるときって何を考えてるんですか?」
「歌によるけど、基本はありがとうかな」
「誰にありがとうなん?」
「俺と歌を巡り合わせてくれた神様に。歌は神様からの最高のギフトだと思うよ」
「っていうか好きな子とかいないん?」
「空気呼んでフェリクス!いい話だったのに!」
ばっきりと話の腰を折ったフェリクスの発言に、観客席から笑いが起こる。
笑いながらも、観客席の女性人の目の色は変わっていた。
みんなキラキラ、というよりギラギラと輝いている。
異様な熱気に溢れる中、気にした様子もないフェリシアーノはふわっと笑うと、バリトンの声を響かせた。

「Ma che begli occhi ce li hai.
Mi piace la tua voce.
Tuo sorriso e` molto carino.
Sei molto gentile!」

どこか甘い歌うようなイタリア語。
会場の女性客が思わず、と言った風にほうっと息をついた。
胸元を両手で押さえてうっとりと目を輝かせている女性もいる。
口説き文句でもないのにこの破壊力。
トーリスはさすがイタリア人とちょっと目元を染めて関心していた。
フェリシアーノの歌うような言葉は両手いっぱいの愛しさに溢れていて、性別関係なく平等に心臓に悪かった。
「言葉はわからないのに、不思議と愛の告白に聞こえましたね」
「っていうかフェリシアーノなんて言ったん?マジわからんかったしー」
「『目がすごく綺麗で、素敵な声をしてて、笑顔が可愛くて、とっても優しい人!』」
そう言ってフェリシアーノは観客席にウインクしてみせた。
観客席のテンションはうなぎ上りである。
「努力次第でどうにかなりそうな条件あげるあたりテクニシャンだし」
どっと会場から笑いが巻き起こった。
ちょうどよく区切れたあたりで、トーリスがメモを取り出しつつ読み上げる。
「えー・・・シークレットゲストなんですが・・・・・」
椅子に座っていたトーリスがちょっと目を見開いた。
素早く椅子の背にまわりこみ、トーリスの頭の上に顎を乗せて覗き込んだフェリクスも「びっくりー」と言わんばかりの声を上げる。
「うわ。マジで?」
「マジですねコレ。じゃあシークレットゲストいきます」
トーリスが片手で会場の奥を指し示しす。
先ほどフェリシアーノが登場したところと逆の場所にスポットライトがあてられた。
いつの間にか敷かれていた赤絨毯に観客が首を傾げ、現れた人物にもれなく全員の口がOの形になった。

「こんばんわ」

一瞬の沈黙。
そして爆発。
黄色い悲鳴というより、「ウソ!」「なんでなんで!?」「えー!?」といった意味合いの方が強い悲鳴ではあったが。
フェリシアーノも似たようなもので、白いスーツで登場した菊にびっくりしたように目を見張っていた。
だが、ちらっと目線をよこした菊の目に浮かぶ悪戯っぽい光に気づき、笑いながら拍手した。
「驚きました?」
「そりゃもう」
目だけでそう会話すると、後はお互い心得たものだ。
何気ない風を装って、後はトーリスとフェリクスの司会進行に任せてしまう。
「これまた大物の本田菊さんです!」
「シークレットのままにしてたら俺本田家に消されてるとこやったしー」
胸に手をついて息をはくフェリクスに、トーリスが慌てている。
「こんなに赤絨毯が似合う日本人、本田さんくらいですよ」
「ありがとうございます」
「マジビビったし。自分こんな番組出てていいん?」
おおっとしまった本田家に消されるし、と口を押さえるフェリクスにまたもやトーリスが慌て、会場は大笑いしている。
こんなにもあっぴろげに本田家を冗談にできるフェリクスはある意味大物である。
菊は笑いながらフェリシアーノの向かいの椅子に腰掛けると、優雅に一礼して見せた。
「改めましてこんばんは」
「Buon giorno」
和やかな雰囲気で挨拶する二人に、トーリスはほっと息をついている。
最近の報道の動きで、すっかりとライバル認定されてしまった二人である。
二人の動向をわくわくと見守っている会場の雰囲気に、笑顔の下で苦笑した二人だった。
さて、どうしたものかと目だけで相談しあう。
ライバルというイメージを崩しすぎるのもよくないし、かといって安易に犬猿の仲を演じるのもよくない。
半分期待を裏切って、半分期待に応えるくらいがちょうどいい。

菊に対しても先ほどのフェリクスと似たような質問を一通りすませると、やはり二人は核心に触れてくる。
「っていうか『シリウス』どうなってんのん?ぶっちゃけ勝てる自信あり?」
菊にそう切り込んだフェリクスに、トーリスははらはらしたような顔をしているも止める気配がない。
番組側からこの質問は指示されていたのだろう。
菊とフェリクスを呼んだなら、逆にその質問に触れない方がおかしい。
予想の範疇だったので、菊は微笑しつつ答えてみせた。
「何を勝ち負けとするかによりますね」
「それはどういう意味ですか?」
「私は主役を演じたいのではなく、原作者の求めるシリウスを演じたいと考えているので、勝ち負けは意識してないんですよ」
ひたすら演技に臨む姿勢にも受け取れれば、お前なんか目じゃない発言にも聞こえる。
上手いなぁとフェリシアーノは関心しつつ、ハイハイと手を上げて発言した。
「じゃあ俺もそれで」
「フェリクスみたいなこと言わないで下さいよ」
「どんどん俺の輪広げるし」
ぐりぐりとトーリスに頭を押しつけるフェリクスに、会場から笑いが沸き起こる。
トーリスも笑いながら、二人に次の話題を振ろうとした。
「では次に・・・」
「っていうか二人とも兄弟とかいんの?」
フェリクスがばっきりと話の腰を折った。
一見関係ない話題を交互に振ることによって、考える間を与えないで咄嗟に相手の本音を聞きだすテクニックだ。
フェリクスがそれを意識してやっているかどうかはわからないが、質問の内容は無意識なのだろう。
あえてどうでもいいような話題を振ったのだろうが、タイミングが悪かった。
フェリシアーノはロヴィーノのメールを思い出した。
そこには書かれていなかった兄の本音も。
フェリシアーノの半瞬にも満たない動揺を感じ取ったのだろう。
咄嗟にフォローしようとしたトーリスを遮って、菊が完璧なポーカーフェイスのまま言い放った。

「私には兄がいますよ。血は繋がってませんが」

菊の爆弾発言に、フェリシアーノのみならず会場にいる全員の目が丸くなった。
本田家の話題に触れないことは、この業界での暗黙の了解となっている。
しかし、菊自身が話すならば話は別だ。
願ってもないチャンス、しかも血の繋がらない兄というスクープネタに、スタッフが目の色を変えてトーリス達に合図を送った。
俄然色めきたって「もっと掘り下げて質問して!」合図している。
トーリスが慎重に、けれど気遣わしげな口調で質問した。
「初耳です。お兄さんがいらっしゃるんですか?」
「はい。幼い頃は一緒に暮らしていたんですが、兄は京劇の道に進んだもので・・・今はもう」
ふっと思わせぶりに切る。
会場はもはや菊の話題にがっつりと食いついていた。
「それはまた、お兄さん随分と思い切った方向転換されたんですね」
「っていうか思い切りすぎやし。なになに?マジケンカ?泥沼とか?」
本田家は、それこそ眠れる毒蛇のようなものである。
へたにつついては頭から丸のみにされてしまう。
フェリクスが棒でつんつくしつつ様子見していたのに、フェリクスはナイフでうりゃーとぶっ刺してしまった。
観客席は息を呑み、トーリスとスタッフの顔からは血の気が引いていた。
だが、菊は動揺のカケラも見せず、にっこりと笑って言った。
「長くなる話ですし、私の家でゆっくりお話しましょうか。歓迎しますよ」
「マジ本田家に消されるしー!死亡フラグ立ったしー!」
張り詰めていた緊張がぶっつりと切れ、観客が反動で笑い転げる。
どんなに際どい発言も、フェリクスにかかれば嫌味がないのがフェリクスマジックである。
あっという間に切り替わった雰囲気の中、番組は通常の進行どおりに進んでいった。
「次に視聴者からの質問なんですが・・・・・」
フェリシアーノのもの言いたげな視線を感じたのだろう。
菊は目だけで言った。

また後で。

フェリシアーノは表面上はカメラに向けて笑顔を保ったまま、心の中で決意を固めていた。
――――終わったらソッコーで拉致ろう。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



ソッコーで拉致りました。

おつかれさまですー、なトーリスも、一緒にメシ行くしー、なフェリクスも置いといて。
フェリシアーノは菊をかっさらって駐車場に向かい自分の愛車に放り込むまでを実にスムーズにこなし。
菊が気づいた時には音を立てて車が発進していたこの現状。
ヴィィィィー・・・
車は日本製だが中身は改造してあるらしい。
腹の底に響く物々しい音と、ありえないスピードに反して抜群の小回りなど、彼の故郷を思わせる運転にしっかりとついていっている。
びゅんびゅんというより、ごうごうと通り過ぎていく周りの風景に菊の絶叫は止まらない。
「ちょっ、早い早い早い早い恐いですスピードスピードッ!」
「だいじょぶだいじょぶ」
日本語が崩壊している菊に反して、フェリシアーノは運転からは想像もできないほどのんびりとしていた。
日本の交通量はイタリアの都市と比べ物にならない。
フェリシアーノはスピードを落とさないまま、余裕でマンションの駐車スペースに車を突っ込んだ。
キキキキキィ、と壮絶なブレーキの音を響かせて、ひょいっと駐車場に降り立つ。
「ハイ到着ー」
瀕死状態でぐったりしている菊のために、外側からドアを開けてやる。
いつまでたっても菊はフェリシアーノの運転には慣れないらしい。
「だいじょぶ?」
「・・・・・あんまり」
ただでさえ色白な顔が病人のように青白くなっている菊に、フェリシアーノは手を差し出してやる。
菊の手を握って部屋まで連れて行き、ドアを閉めて、靴を脱いでも手は握り締めたままで。
そのまま二人並んでソファーに座ると、フェリシアーノは唐突に頭を下げた。
菊がビックリしたように目を見開く気配を感じながら。

「ごめん」
「何で謝るんですか」
「お兄さんのこと」

あの時のフェリシアーノの動揺を一瞬で悟ったのだろう。
でなければ菊は自分から家のことを話すような真似はしなかったはずだ。
そう頭を下げたフェリシアーノに、菊は笑いながら言った。
「あー。それなら、ぜーんぜん気にしないで下さい」
ぱたぱたと手を振りながらあっさりと言った菊に、フェリシアーノは呆気に取られたように顔を上げた。
「いずれ話すつもりでしたし。それがたまたま今回だっただけの話です」
今度、哥哥が主演の京劇があるので、その宣伝を兼ねて。
そう言って、菊は逆にフェリシアーノに頭を下げた。
「出すぎた真似でしたなら、申し訳ありません」
「全然!やめてよもー!」
もー!もー!と笑いを含んだ叫び声を上げながら、フェリシアーノは無理やり菊に頭を上げさせた。
意地でも菊の手を繋いだままだったせいで、そのうち二人してソファに倒れこんでしまう。
心底ほっとしたフェリシアーノは、自分でも何がツボに入ったのかわからないくらい笑った。つられて菊も笑っていた。
よかった。
自分のせいで菊が触れられたくないところを曝してしまったのではないかと、それだけが心配だった。
よかったと、思う。反面。
兄の話題を出せる菊を眩しく思っている自分がいるのも確かだった。

あ また

フェリシアーノはふ、と唐突に手を離されたような、途方もない心細さを感じて黙り込んだ。
深い水底にずぶりと沈んでいくような息苦しい感覚。

「・・・どうかしましたか?」
菊は腹筋の力だけで上半身を起こすと、ソファにだらりと寝そべったままのフェリシアーノにそう切り出した。
フェリシアーノはそれに答えず、もそもそと菊の膝の上に乗り始める。
「こら」
ぺしっと頭をはたかれたが気にしない。
椅子の背を向いて座るように、菊の膝に乗り上げると、腰に足をまわして小猿のようにぎゅうぎゅうとしがみつく。
菊の肩に首をうずめた。菊の匂いは薄く、密着してようやく香る程度。それにどうしようもなく落ち着く。
ふんふんと犬のように鼻を鳴らすフェリシアーノに、菊は今度はぺしっとフェリシアーノの背中をはたいた。
「何やってんですか」
「菊分が足りないから補充してんの」
「どんな成分ですかそれ」
「足りなかったら死ぬかも」
「大げさですから」
あながち誇張でもないフェリシアーノである。
しばらく無言で菊にしがみついていた。
ぎゅうぎゅうと力いっぱい抱きつくフェリシアーノに、菊は苦情のかわりに「しょうがないですね」と呟いた。
表情は見えないが、きっといつものように眉を下げて笑っているのだろう。
背中を撫でるその手はどこまでも優しかった。あ、なんか泣きそう。
「あのさ」
「はい?」
「愚痴っていい?」
「もち」
「ん。ありがと。ゴメンねメンタル弱くて」
あははーと軽く自虐的に笑ったフェリシアーノに、菊はあくまで真面目に言う。
「強くても弱くても、傷つかない人というのはいませんよ」
私で力になれるかはわかりませんが、それで少しでも楽になるなら喜んで。
フェリシアーノは小さな声でグラッツェと呟くと、もふっと菊の肩に首をうずめた。
人によっては重荷に感じる、菊の固くて真面目なところがフェリシアーノは好きだった。

フェリシアーノの性分からか、少しでもネガティブなところを見せると「らしくない」と言われてしまう。
そのたびに、フェリシアーノは「あらら」と肩透かしを食らったような気分になるのだ。
たまには当たり前のように疲れたと言いたくなる時がある。
それをそのまま受け止めてくれる菊の存在は、何にも代えがたかった。

「兄ちゃんから、久しぶりにメールがきて」
もそもそと菊の肩に呟くように喋る。
今の自分の表情は見られたくなかった。情けない顔に違いない。
『カリエドとバンド組んだ。あと、フランシスとギルベルトも。俺ボーカル』って」
メールに書かれていなかった兄の本音。
「多分、俺のことは言うなよって、言いたいんだと思うー・・・」
自分で言ってて凹んだ。
フェリシアーノの兄、ということが知られれば、ロヴィーノの知名度は跳ね上がるだろう。
本人の実力とは関係無く、否応無しに。
「自分達の力だけでやりたいっていうのは尊敬するし、俺に宣伝しろって言われたら、それはそれで嫌だったと思うけど」
けど。
「勝手に出てっといて、久しぶりにメールしてきたと思ったら、他人の振りしろって」
なんかなあ。
「凹む」
なにそれ。みたいな。
言ってて気づいた。
ようするに、自分は拗ねているだけなのだろう。
かっこ悪いなぁ。そして更に凹んで。堂々巡り。
「なんだかなぁ」
ふ、とため息のように呟いたフェリシアーノに、菊は何も言わなかった。
ただ静かにフェリシアーノの背を撫でていた。

何か言って欲しいわけでも、具体的なアドバイスが欲しいわけでもない。
ただ辛い、しんどい、疲れた、という思いをしていることを知ってほしかっただけなのだ。
ただ黙って耳を傾けてくれる優しさだとか、あやすような手つきだとか、薄い菊の匂いだとか、じんわり温い体温だとか。
その全てにどうしようもなく救われる。
はふ、と胸の中のしこりのようなものを吐き出すように息をついた。
「ありがと。話してすっきりした」
言葉は自然と口から滑り出た。
ようやく深い水底から顔を出せたような心地。
「お役に立てて光栄です」

ようするに、菊の全てが自分にとっての精神安定剤なのだ。









































「Zzzz・・・・・」
「こら!ベッドで寝なさい!」
「菊おかーさんみたいー」
「ああもう。半分寝てるし・・・」

一緒に寝よう駄目ですとすったもんだの挙句、結局菊が折れるのだ。
しょうがないですねと眉尻を下げながら。